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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)109号 判決 1987年3月30日

原告 住友重機械工業株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が昭和五七年一〇月一八日付でした特許出願昭和五七年特許願第一八二二九五号について、被告が昭和五八年九月二九日付でした出願無効処分を取消す。

2  被告が原告に対して昭和六〇年五月一八日付でした右出願無効処分に対する異議申立を棄却した決定を取消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  処分の経緯

(一) 原告は、弁理士小山総三郎及び加藤正信両名を代理人とし、弁理士久門知を復代理人として、昭和五七年一〇月一八日、発明の名称を「スプレードライヤ式排煙処理法」とする特許出願(昭和五七年特許願第一八二二九五号、以下「本件出願」という。)をした。

(二) 本件出願にあたつて被告に提出した本件出願に係る願書(以下「本件願書」という。)には、右復代理人の記名押印のみがあるところ(原告代表者及び原告代理人弁理士両名については記名のみがあつて押印はない。)、同復代理人の代理権を証明すべき書面として本件願書に添付された委任状には、同人を復代理人に委任した前記代理人両名の各記名があるのみであつて押印はなかつた。

(三) 被告は、右復代理人に対し、昭和五八年二月二日付で、復代理権を証する書面に委任者の捺印がない旨を指摘して、右復代理権を証する書面について、補正するように命じた。

(四) ところが、右復代理人は所定の期間内に補正をしなかつたので、被告は原告に対し、昭和五八年九月二九日付で本件出願につき出願無効処分(以下「本件無効処分」という。)をし、その謄本は同年一〇月一八日右復代理人に送達された。

(五) 原告は、昭和五八年一二月一五日本件無効処分に対して異議申立をしたが、被告は昭和六〇年五月一七日付で異議申立を棄却する決定(以下「本件決定」という。)をし、右謄本は同年五月一八日原告に送達された。

2  本件無効処分及び本件決定はいずれも左記のような違法な瑕疵があるので取消されるべきである。

(本件無効処分の違法性について)

(一) 特許法(以下「法」という。)第一八条は、指定した期間内に補正をしないときは、特許庁長官は、その手続を無効にすることができる旨を規定しているが、同条にいう無効にすることができる手続とは、補正を命じた正にその手続を指すものと解すべきである。

しかしながら、被告は、復代理人委任の瑕疵をもつて、直ちに出願手続全体を無効とした点に、同条の解釈を誤まつた違法がある。

(二) 本件出願の瑕疵は復代理人委任状が代理人の押印を欠く点にあり、同法第一〇条の代理権証明の要件を満たしていない場合にあたる。他方、同法第一六条第二項では、代理権がない者がした手続は、追認が許される旨規定している。同条は出願の代理権の証明に関する書面の不備の故をもつて、出願手続全体を無効とすることのないようにとの配慮から特に追認を認めたものであるから、本件無効処分は、同条の解釈を誤まつた違法がある。

(三) 被告は、本件無効処分の謄本を復代理人に対して送達し、適法な代理権証明書を提出している原告代理人らに対してしていない。本件無効処分の送達は、代理人に対してなされるべきであるから、本件無効処分には、送達先を誤まつた違法がある。

(本件決定の違法性について)

本件無効処分が違法であるとき、右処分に対する異議申立を棄却した本件決定も違法となり取消されるべきなのは当然である。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因第1項の事実はすべて認める。

三  被告の主張

(本件無効処分の適法性について)

(一) 法第一〇条には、手続をする者の代理人の代理権は書面をもつて証明しなければならない旨の規定がされ、更に、特許法施行規則(以下「法施行規則」という。)第一条第一項及び第三項には、特許出願は書面でしなければならず、しかも右書面には提出者の氏名を記載し、印を押さなければならないと規定されている。したがつて、特許出願を任意代理人によつて行う場合には、願書に代理人の代理権を証する書面として、委任者の氏名を記載し、押印した委任状を添付しなければならないことになる。これを本件についてみると、復代理人の代理権を証明すべき書面として本件願書に添付された委任状には、同人を復代理人に委任した代理人両名の各記名のみあつて押印はなかつたのであるから、この点において本件出願が法施行規則で定める方式に違反していることは明らかである。

本件出願が法施行規則で定める方式に違反している以上、本件出願全体について無効処分をした点に違法はない。単に復代理人選任の手続のみについて補正命令及び無効処分を行うべきでないことは明らかである。

(二) 原告は、法第一六条第二項の規定を適用して復代理人がした本件出願につき追認を許すべきである旨主張するが、右主張は、特許出願に関する方式の問題と実体関係の問題とを混同するものであつて失当である。

即ち、本件無効処分は、無権代理であることを理由としてされたものではなく、法第一七条第二項に基づく補正命令に対して原告からの応答がなかつたことを理由としてされたものであるから、原告の主張は理由がない。

(三) 原告は、本件無効処分の送達を復代理人に対してしたのは違法である、と主張するが、右主張は失当である。即ち、送達に関しては、法第一九〇条の規定により民事訴訟法上の送達に関する規定が準用されていて、民事訴訟法上訴訟代理人が数人選任されている場合はそのうちの一人を名宛人として送達すればたりると解されている。したがつて、特許出願につき数人の代理人が選任されている場合に、本件無効処分の謄本を送達するにあたつては、そのうちの一人を名宛人として送達すればたりると解するべきである。

(本件決定の適法性)

原告は、本件無効処分の違法性を主張するのみであつて、何ら本件決定の固有の違法事由を主張しないので、原告の主張は理由がない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求の原因1の事実(処分の経緯)については、当事者間に争いはない。

二  そこで、本件無効処分の違法性の有無について判断する。原告は、本件無効処分を取消すべき理由として、三点にわたつて主張するので、これを順次検討する。

1  先ず、原告は、「法第一八条において、特許庁長官が無効にすることができる手続とは、出願手続全体を指すものではなく、補正命令の対象となつた手続、即ち本件では、復代理人の選任の手続を指すものと解するべきである。」旨主張する。

この点についてみてみるに、法第一〇条は、手続をする者の代理人の代理権は、書面をもつて証明しなければならない旨、また、法施行規則第一条第一項、第三項は、特許出願は書面ですることを要し、しかもこの書面には、提出者の氏名を記載し、印を押さなければならない旨それぞれ規定している。したがつて、特許出願を代理人によつて行う場合には、委任者の記名、押印のある委任状を添付しなければならないこととなる。

ところで、本件においては、復代理人の代理権を証すべき代理人両名の委任状には、各記名があるのみであつて、押印はなかつたことは当事者間に争いはないのであるから、本件出願は、前記法施行規則第一条第一項、第三項に違反する瑕疵を有していることとなる。

そして、本件において、瑕疵のある事項は確かに復代理人の選任手続にあるけれども、この瑕疵のゆえに本件手続が法に定める方式に違反しているということができるのであり、そうとすれば、本件補正命令によつて是正を求めた手続とは、ただ単に復代理人の選任手続のみとみるのは相当ではなく、本件出願手続そのものとみるのが妥当である。

したがつて、本件補正命令の対象である出願手続につき、所定の期間内に補正がされなかつたので、まさにその手続を無効とした本件無効処分には、原告主張のような違法事由はない。

2  次に、原告は、「法第一六条第二項は、代理権がない者がした手続は、追認が許される旨規定するが、被告の本件無効処分は、同法条の適用を認めなかつた違法がある。」旨主張する。

この点についてみるに、確かに、法第一六条の趣旨は、代理権のない者のした手続についても、民法の原則どおり追認を許すこととし、手続をいたずらに無効とするようなことがないように図つたものと解せられる。しかしながら、本件無効処分は、このような実体上の代理権の欠缺を理由としてされたものではなく、前記のような、方式違反を理由としてなされたものであるから、原告の主張は失当である。

3  最後に、原告は、「本件無効処分の謄本は、代理人らに送達されるべきであるにも拘わらず、復代理人に送達されている点で、同処分に違法事由がある」旨主張する。

この点についてみてみるに、代理人が複数選任されている場合、そのうちの一人を名宛人として、送達をすれば足りると解することができるのは、当然というべきのみならず、本件のように、復代理人による出願であつて、その復代理人の権限を証する書面の方式に瑕疵があり、それを理由とする無効処分を送達する場合には、むしろ、当該復代理人に対してすることが相当であると解されるところ、本件出願は、久門知を復代理人としてされたことは当事者間に争いがないから、本件無効処分に違法とすべき瑕疵はない。

4  以上の点からみて、本件無効処分には、原告主張にかかる違法事由はなく、また、本件全証拠によるも他に違法とすべき事由は存しない。

したがつて本件無効処分の取消を求める原告の請求は理由がない。

三  次に、本件決定の違法性の有無について判断する。

行政事件訴訟法第一〇条第二項、第三条第三項は、異議申立に対する決定の取消しを求める訴えにおいて、原処分の違法を理由として取消しを求めることはできない旨を規定してあるところ、本件において、原告は、本件無効処分の違法事由を主張するのみであつて、なんら本件決定に固有の違法事由を主張していない。

したがつて、本件決定の取消を求める請求は理由がない。

四  よつて、原告の本訴請求はいずれも失当であるから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第一八九条、行政事件訴訟法第七条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 元木伸 飯村敏明 富岡英次)

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